『クリード-チャンプを継ぐ男』論

『クリード-チャンプを継ぐ男』(以下、『クリード1』)を見た。2は見ていないので色々間違っているかもしれないが、そのあたりは若干多めに見て欲しい。先に手の内を明かそう。『クリード1』を単なる『ロッキー』のスピンオフと片付けるのは早計に過ぎる…

『トゥルーライズ』論

友人による評価は芳しくなかった。前記事を書き終えた後、友人から講評のメールが送られてきたのでその内容を記す。 彼によれば、そもそも、『言の葉の庭』論の導入部である私語りからして気に障るらしい。僕の言ったことをそのまま書けば良いじゃないか、な…

『言の葉の庭』論

新海誠について書いてみようと思ったのは、年下の友人のアドバイスによるものだった。彼の意見を要約すると「お前のブログつまんねえよ。支離滅裂だしよ。てかもっとみんな見てるやつ書けよ馬鹿。あれだろ?メジャーなやつで書くの怖いんだろ?」といったも…

『大日本人』論

『大日本人』。前エントリーで扱った『グレムリン』同様、隠喩ないし換喩にまみれた映画だ。松本人志が演じる大佐藤大は自衛隊を、そして、永遠に主体化できない戦後民主主義男性を、ウルトラマンを彷彿とさせるスーパー・ジャスティスはアメリカを、それに…

『グレムリン』論

12月25日。クリスマス(日付を越えてしまったけど)。せっかくだから、クリスマスにまつわる映画によってこのブログを始めたいと思う。クリスマス映画の名作は数あれど、個人的には1984年の『グレムリン』は外せない。なぜなら『グレムリン』は、クリスマス…